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霧のむこうがわ [エッセイ]

朝6時半に目が覚めた。
さてどうしよう、とりあえずお腹が減っているので朝食でも作りましょうかとキッチンに向かったところ、冷蔵庫に鎮座していたのは牛乳少々、茄子、ケチャップ。以上。
創作料理が得意の私をもってしても救いようのない品揃えに、仕方ない、スーパーに行こうと身支度を始めたところで、つと今日が日曜である事に気づく。
オランダのスーパーはどこもかしこも日曜祭日完全休業。従業員に優しくともお客にはちっとも有難くないシステムなのである。

そんな日曜の朝、私に残された選択肢はいつでも4つ。
①唯一空いているセントラルステーションのスーパーに行く(往復一時間)
②一日、外食で済ます。
③家の中にある食べ物で試行錯誤する。
④ダイエットと開き直って、諦める。

過去の選択頻度としては②>③>④>①といったところ。
うーん、どうしようか、と5分ほど思案した後、結局てくてく駅まで買い物にいくことにした。

白い霧に包まれた日曜朝8時のロッテルダムは、信じられないくらいに静かだ。街一番の繁華街ラインバーンの歩行者天国ですら、見事に閑散として、ひとっこひとりいない。

閉じた鉄格子のシャッター。
その向こうからこちらを見つめる無数のマネキンたち。


魔法がかかったかのように、静止した街。


いつも歩き慣れている界隈なのに、まるで別の世界に迷い込んでしまったかのような感覚が漠然と湧き上がり、何かに追われるかのように冷たく湿った朝もやの中を小走りに進む。

ふと、昔見た「オズの魔法使い」の映画を思い出した。
南の悪い魔女がコレクションしているのは、100を超える生首。洋服を着替える気軽さで、彼女は戸棚に並んだ首を選ぶ。そして世の女性が常に新しいファッションを求めるように、魔女もより良い首を欲し、それを捜し求め続けているのだ。
小学校入学前、物心つくかつかないかの頃に見た映画なので、イメージにはぼんやりと霞がかかっていて、この記憶が映画本来のものなのか、それとも空想によって脚色されたものなのか、私には分からない。それでも、小部屋にずらりと陳列された言葉を話す生首の映像は、幼い恐怖心や驚きと共に、今でもしっかりと心に残っているのだ。
何度見ても、そのシーンだけは直視することが出来ず、それでも、顔を覆った指と指の間から、その恐ろしくも幻想的な光景を覗き見ずにはいられなかった。その晩、必ず悪夢にうなされることが分かっていながらも。

そんな記憶を辿っているうち、いつの間にか商店街を抜けていたようだ。気づくと、私は駅前の広場までやってきていた。
スーツケース片手に電車の発着案内を見上げる人垣をくぐりぬけ、駅構内に足を踏み入れる。
発車を知らせるかん高い笛の音、電車の轟音、人々のざわめき、いつも通りの喧騒。
目の前の世界は急激に色彩を取り戻し、その明るさに軽い眩暈を覚える。

スーパーでパンと野菜、ヨーグルトとグミキャンディーを買って駅を出た。
9時を知らせる市役所の鐘の音が、風に乗って耳に届く。
ハンバーガー片手に、商店街を歩く人の姿が見えた。さっきは動き出しそうに見えたマネキンたちも、今はもう静かに佇むばかりだ。

活動を始めた街からしゅわしゅわと蒸発するかのように、朝もやが晴れてゆく。
まぶたを細め、薄れゆく霧の向こう側にあるものに目を凝らしたけれど、
もうそこにはいつも通りの現実と青空が広がるばかりだった。

 

 

おまけ。世界のマネキン。

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なんだか悩んでいるマネキン in オーストリア。

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アーティスティックすぎてちょっと怖い。 in オランダ。


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