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マル秘・練習室活用法 ――本編―― [エッセイ]

第二話 マル秘☆練習室活用法 本編

(よろしければ、序章からお読みいただくとより分かりやすいかと思います)

 その日、私はとても眠たかった。
 月曜日というのは大抵そうであったが、その日も例外ではなく、週末の昼夜逆転生活が祟った私は朝からあくびの連続、その上貴重な睡眠時間とふんでいた2間目の音楽美学で予定外のレポート作成を強いられたときて、ようやく昼休みを迎えた頃にはもう限界、新橋駅周辺にたむろする泥酔サラリーマンを彷彿とさせるおそろしく締まりのない形相でもって、ふらんふらんと教室から這い出すのがやっとという体たらくであった。
 そしていつも行動を共にしていた仲良しメンバーもまた、要因は定かでないにしろまったく同様の症状を訴えていた。

 さて、場面は昼時で賑わう学生ホールの片隅。
 だらしなく背もたれに寄り掛かり、ゴム人形のように伸びきった私。
 やる気のない表情でぼそぼそとサンドイッチを口にするAちゃんの隣では、先ほどからTちゃんが机に突っ伏したままぴくりとも動かない。
 と、突然のそりと起き上がったTちゃんがうめく。
「あー、もう。机で寝てても全然疲れ取れない!」
 すかさず同調するAちゃん。
「うん。なんかもう座ってるだけで肩こってくるし」
「……どっかもっと居心地のいい場所があればいいんだけどねぇ」
 今思えば、事の発端は私のこの一言であった。
「居心地のいい場所……」
 がたんと立ち上がるふたり。
「よし、こうなったら探しにいくよ!」

 私たちはまず、各階に一箇所ずつ設けられている休憩スペースへと向かった。そこには、古めかしくもなかなかに座り心地のよいソファーがある。
 喫煙スペースをも兼ねているため服や髪にたばこの匂いがついてしまうという難点があったが、贅沢を言っていられる程の体力などもはや残っていない。
「ソファー、ソファー」
 うわ言のように呟き、ゼイゼイ息を切らせて階段を上がる。
 目指すは廊下最奥の、安息の地。

 しかしながら、やはりマーフィーの法則は存在してしまうのだ。
 そこにはしっかりと先客の姿があり、続けて向かった3階、4階のソファーもまた同様に、ギュウギュウ詰めの満席御礼状態。
 こうなったら意地になってやると、別館や同じ敷地内の短大まで回ったにもかかわらず、結果は見事に惨敗であった。

 そこにソファーがあると信じていたからこそ、のぼりたくもない階段を何段も上り下りし、別棟の短大にまで足を伸ばしたのである。
――それなのにこの結果とは!
 私たちに辛うじて残っていた文化的生物としての誇りが、しゅわしゅわと音を立てて消滅していく瞬間であった。
 
 
気がつけばたまたま目に入った空きの「練習室」に、私たちは誰かれともなくふらふらと吸い寄せられていった。
 いつもは楽器にしか用がないはずのその小部屋の中で、ピアノ下に敷かれたカーペットが何故か光を放ち「おいでおいで」と手招きをしているように、その時の私には見えた。
 そしてさすが普段つるんでいた仲間だけのことはあり、考えていた事は3人とも一緒だった。

 電気を消し、服が汚れるのも厭わず無心で寝転ぶ。予想に反し、いや、このときの心理状態においては予想通りと言うべきか、そこは驚くほど快適であった。
 時間を確かめると、昼休み終了まであと25分。
 携帯のアラームもセットし、もうやり残した事はない。
 私たちは伸び伸びと手脚を広げ、幸福の波に溺れながら、あっという間に夢の世界へと引きずり込まれていったのだった。

 としかし20分の後、私たちを眠りから覚ましたのは携帯のアラームでなく、「うぎゃあ!」という先輩の叫びであった。
 いきなり灯った照明の眩しさとその物凄い声に、私たちもつられて「うぎゃあ!」と叫び、飛び起きる。
 慌てて荷物をひっつかみ先輩に一礼すると、先を争うように部屋から逃げ出し、とりあえず学生ホールにまで舞い戻った。
「ああ、あんまり驚いて心臓止まるかと思ったよ」
 まだばくばくする胸をおさえ、口々に言い合う。
 
 しかしよくよく考えてみれば、先輩の驚きたるや我々の比ではなかったであろう。
 真っ暗な、誰が見ても無人の練習室。
 足を踏み入れパチンと電気をつけた瞬間、目に入るのはピアノの下にごろり横たわる、まるで死人のような物体なのだ。
 しかもよくよく見れば窓際に同じような物体がもうひとつ、そしてすぐ足元、死角になっていたドア脇のスペースにももうひとつ……。
 いや、これは確かに怖い。私でも怖い。

「相当びっくりしただろうねぇ」
 先輩に同情し反省するつもりが、思わずぷっと吹き出してしまう。
 
 その後もしばらくの間、その時の状況を思い起こしては、こみ上げる笑いを堪えるのに非常に苦労した。
 いやはや、何ともはた迷惑な3人娘なのであった。

 

●後日談

 さてこの話、これで終わりではない。
 練習室が思いがけずナイスな寝場所であることに味を占めた私たちは、体力気力補給の場として、その後もたびたび利用させていただいたのだった。
 さらに始末の悪い事にはそれを得意になって周りに教えて回ったものだから、
「私もやってみようかな?」
 なんて面白半分に便乗するクラスメイトもちらほらと現れ始める有り様で、「うぎゃあ!!」と叫びおののく声が、その当時の構内にはたびたびこだましていたとか、いなかったとか。
 しかも段々と欲が出てきた結果、「更に完璧な寝床づくりを目指し日々試行錯誤を凝らしていた」とくれば、これはもう今思い返してみても完璧に練習室の悪用であった。

――ああ、そういえば部屋の片隅の、いかにも不自然に置かれたコンサートちらしとトイレットペーパーの山、あれは一体なんだったのかしら。まったく練習中気になって仕方なかったわよ。

という先輩方。もしいらっしゃったら謝ります。ごめんなさい。
 
今なら白状できます。あれは、シーツと枕の材料でした。

 


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コメント 3

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ぺ

高校生に戻った気分になったなぁ~
私は昼休みに体育館でバスケしてたりお喋りしたり。
で、授業中に寝る子だった。
by ぺ (2005-06-05 02:30) 

yukirdam

>ぺさま
あはは。私は休み時間だけでは足りず、授業時間もひっきりなしにおしゃべりしてた悪い子でした。筆談で。机とか、もう真っ黒だった 笑
by yukirdam (2005-06-07 06:05) 

氷の翡翠

ツボにはまります(笑)。照明をつけた先輩になりたい(笑)。練習室で寝るとこまではよめたのですが、起こされ方がオチだとはよめませんでした。楽しい(?)エピソード、また期待しています。
by 氷の翡翠 (2006-06-04 08:13) 

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